Transactional Observation of Values
01 何が問題だったのか
SE-0395 で導入された @Observable マクロは、モデルの状態変化を追跡するための標準的な仕組みとして定着しました。しかし SE-0395 で提供されたのは、SwiftUI のレンダリングに使われる withObservationTracking(_:onChange:) を中心とした「一度きりの変更検知」を組み立てるための低レベルAPIであり、@Observable な値の変化を時間経過に沿って受け取るための公式な AsyncSequence は用意されていませんでした。
そのため、非SwiftUIの文脈で「@Observable なモデルの特定のプロパティ(や、複数プロパティから計算される値)が変わるたびに値を流す」ような処理を書こうとすると、各自が withObservationTracking を呼び直しながら continuation に値を流す、といった手作りのブリッジを毎回書く必要がありました。Darwin SDK の DockKit の trackingStates や Group Activities の localParticipantStates のように、モデル由来の AsyncSequence を公開するAPIがフレームワーク側で複数存在することからも、こうしたパターンの需要は大きい一方で、一つ一つを正しく実装するには地道なブックキーピングが必要なことがわかります。
tearing の問題
@Observable な型のプロパティは、一つの操作の中で複数が順次書き換えられることがあります。たとえば名前を表す型で firstName と lastName をまとめて更新するケースです。
@Observable
final class Person {
var firstName: String
var lastName: String
var name: String { firstName + " " + lastName }
init(firstName: String, lastName: String) {
self.firstName = firstName
self.lastName = lastName
}
}
let person = Person(firstName: "", lastName: "")
person.firstName = "Jane"
person.lastName = "Appleseed"
素朴に didSet 相当のタイミングで値を流してしまうと、firstName だけが更新されて lastName がまだ古い状態の name(例: "Jane ")を観測できてしまいます。これが tearing(テアリング、中途半端に更新されたちぎれた状態)です。観測側が期待するのは、二つの代入をひとまとまりのトランザクションとして扱い、両方の更新が終わった整合性のある状態だけを受け取ることです。
共有イテレーションの問題
もう一つの論点は共有です。同じ観測対象を複数の Task から並行にイテレートしたとき、各イテレータが同じタイミングで同じ値を受け取れることが期待されます。手作りの AsyncSequence でこれを満たすには、バッファリングや購読者管理の設計を毎回考える必要がありました。
まとめると
必要なのは、@Observable なモデルに対して、
withObservationTrackingと同じく「ブロック内で参照された@Observableプロパティを自動的に追跡する」- 追跡対象のいずれかが変わったら、次のサスペンションポイントまで待ってから、整合性のとれた一つの値として流す
- 複数の並行イテレータに同じ値を同じタイミングで届ける
- Swift Concurrency の isolation /
Sendableルールの中で安全に使える
ような、標準の AsyncSequence です。SE-0475 はこれを Observations という型として提供します。
02 どのように解決されるのか
Observation モジュールに、クロージャで初期化する AsyncSequence 型 Observations を追加します。クロージャ内で参照された @Observable プロパティが変わるたびに、そのクロージャを再評価した結果を値として流す、という単純な仕組みです。
let names = Observations { person.name }
for await name in names {
print(name)
}
このクロージャの中身は任意の式でよく、複数プロパティや条件分岐を組み合わせられます。@Observable な pet プロパティを参照する例は次のとおりです。
let greetings = Observations {
if let pet = person.pet {
return "Hello \(person.name) and \(pet.name)"
} else {
return "Hello \(person.name)"
}
}
person.pet が nil から別の Pet に差し替わったり、その pet.name が変わったりしたときに、それぞれが追跡対象として自動的に拾われます。
型の形
Observations のシグネチャはおおむね次のとおりです。
public struct Observations<Element: Sendable, Failure: Error>: AsyncSequence, Sendable {
public init(
@_inheritActorContext _ emit: @escaping @isolated(any) @Sendable () throws(Failure) -> Element
)
public enum Iteration: Sendable {
case next(Element)
case finished
}
public static func untilFinished(
@_inheritActorContext _ emit: @escaping @isolated(any) @Sendable () throws(Failure) -> Iteration
) -> Observations<Element, Failure>
}
クロージャは @isolated(any) かつ @_inheritActorContext が付いていて、Observations を生成した場所の isolation をそのまま引き継ぎます。生成が @MainActor の文脈なら、以降そのクロージャは常に @MainActor 上で実行されます。この性質のおかげで、観測される @Observable 型自体は Sendable でなくても安全に扱えます。
クロージャは typed throws なので、エラーを投げれば、現在走っているイテレーションはその Failure で終了し、以降の next() は nil を返します。
トランザクションで tearing を防ぐ
Observations の核は、「次のサスペンションポイントまで待って、整合性のとれた値を一度だけ流す」挙動です。クロージャはまず初回の next() 呼び出し時に、捕捉した isolation の上で withObservationTracking の中で実行されます。追跡中のプロパティの 最初の willSet でトランザクションが開始され、その isolation 上の次のサスペンションでクロージャが再評価されて、結果が一つの値としてイテレータに届きます。
let person = Person(firstName: "", lastName: "")
// willSet \.firstName でトランザクション開始
person.firstName = "Jane"
// willSet \.lastName ではまだトランザクションは dirty のまま
person.lastName = "Appleseed"
// 次のサスペンションで name が "Jane Appleseed" として一度だけ流れる
firstName と lastName を続けて代入してもイベントは一度しか発生せず、name が "Jane " のような中途半端な値として観測されることはありません。これは isolation による排他アクセスの保証に乗っかっているため、Sendable でない型でも安全に成り立ちます。
終了を表現する untilFinished
通常の初期化子は、クロージャの戻り値そのものを要素として流し続けるので、ローカルには終わりがありません。戻り値を Optional にしてしまうと、「本当に nil を値として流したい」場面と「もう終わり」を区別できなくなるので、終端を明示したい場合は untilFinished を使います。
let hosts = Observations.untilFinished { [weak person] in
if let person {
.next(person.homePage?.host)
} else {
.finished
}
}
.next(value) で値を流し、.finished を返した時点でシーケンスは終了します。[weak person] で参照を持たない形にしておけば、person が解放されたタイミングで自然に終われます。
挙動のポイント
いくつかの観測の性質を押さえておくと便利です。
初回値の priming
各イテレータは、最初の next() 呼び出しで捕捉した isolation にホップしてクロージャを一度評価し、その結果を最初の要素として返します。これにより、どのイテレータでも「まずは現在の値を一つ受け取る」ところから始まります。
@MainActor
func example() async {
let person = Person(firstName: "0", lastName: "0")
let names = Observations { person.name }
Task {
try await Task.sleep(for: .seconds(2))
person.firstName = "1"
person.lastName = "1"
}
Task { for await name in names { print("A = \(name)") } }
Task { for await name in names { print("B = \(name)") } }
try? await Task.sleep(for: .seconds(10))
}
// A = 0 0
// B = 0 0
// B = 1 1
// A = 1 1
生成速度がイテレーションを上回るとき
クロージャ側で変更が連続して起きたとき、イテレーション側がそれに追いつかなければ、間の値はスキップされ、最新のトランザクションだけが次の next() で観測されます。Observations は中間値をバッファしません。
@MainActor
func iterate(_ names: Observations<String, Never>) async {
for await name in names {
print(name)
try? await Task.sleep(for: .seconds(0.095))
}
}
生成が 0.1 秒ごとでイテレーションが少し遅いと、観測されるのは各トランザクションの整合した値ですが、すべての中間状態が拾われるわけではありません。整合性は保証、網羅は保証しない、というのが基本的なトレードオフです。
異なる isolation との行き来
Observations を生成した isolation とは別の isolation からイテレーションしても問題ありません。クロージャは常に生成時の isolation で実行されるので、観測対象の型は自前で Sendable でなくとも、その isolation の中に閉じ込めたまま読み取れます。
@globalActor
actor ExcplicitlyAnotherActor: GlobalActor {
static let shared = ExcplicitlyAnotherActor()
}
@ExcplicitlyAnotherActor
func iterate(_ names: Observations<String, Never>) async {
for await name in names { print(name) }
}
@MainActor
func example() async throws {
let person = Person(firstName: "", lastName: "")
// @MainActor 上でクロージャが走る
let names = Observations { person.name }
Task.detached { await iterate(names) }
// 以降 MainActor 上で更新
}
複数イテレータへの同時配信
同じ Observations を複数の Task からイテレートすると、それぞれのイテレータが同じ値を同じトランザクション単位で受け取ります。余計なバッファを介さず、クロージャの評価結果が各イテレータの continuation に同時に配られる形です。ただし、AとBのどちらが先に print するかといった順序は非決定的です。
キャンセルと終了
Observations は通常の AsyncSequence のキャンセル挙動に従います。Task がキャンセルされたイテレータは nil を返して終了し、クロージャが throw した場合はその Failure でイテレーションが終わって以降は nil を返し続けます。キャンセルはイテレータごとに独立なので、ある Task をキャンセルしても他の Task のイテレーションには影響しません。
APIを公開する側への示唆
従来は、@Observable モデルの変化を外部に公開したいときに、型側で AsyncSequence プロパティ(例: trackingStates のようなもの)を手作りで用意する選択肢が目立っていました。Observations が入ると、「モデルは素直に @Observable にしておき、AsyncSequence が必要な利用者は Observations { model.foo } で自分で組み立てる」という運用がしやすくなります。値どうしが連動していて tearing を避けたいモデルや、UI 系と連携するモデルは特に、@Observable + Observations の組を優先的に検討する価値が出てきました。一方で、外部イベント由来の独立したストリームは、これまで通り AsyncSequence プロパティとして見せるほうが自然です。